2005年 10月 05日

あぶらびれ

渓流釣のメインターゲットといったら,あまごや岩魚などのサケマス類の魚であろう。釣師のあいだではオイカワやウグイなどのコイ科の魚は外道などと呼ばれ嫌われ者だ。川の魚は海の魚のように種類が多くないので見分けるには苦労しないが,釣師はサケマス類の魚を見分けるのにたぶん脂びれがあるかないかを指標にしているのではないかと思う(誰かに聞いてみたことはないが)。



脂びれを辞書で調べてみると

脂びれ[あぶらびれ]
サケ類やハダカイワシ類の背びれ後方に見られる小さなひれ。膜があるだけで、鰭条(きじょう)はなく、そのはたらきなどについては不明である。

とある。あまご,岩魚,鮭は,もちろんこの脂びれを持っている。これがないウグイの背中はどこか寂しげだ。反対にスーパーなどで脂びれのあるワカサギ(キュウリウオ目・キュウリウオ科)を見ると偉く思えてしまうのは何でだろう~♪ シラウオ(鮭目シラウオ科)にもあるらしいが小さすぎて見えません。

アブラビレと聞くと思い出すのがアダージョ・カンタービレだ(強引)。

もう30年以上前「柔道一直線」というスポコンTVドラマがあった。このドラマでは普通では考えられないような必殺技がいくつも出てくる。なかでも印象的なのは,主人公(一条直也)がライバル「桜丘の白鳥」こと「結城真吾」(近藤正臣)に初めて会ったとき,近藤が足でピアノを弾く場面である。

ピアノに飛び乗り踊るように足で演奏しながら「アダージョ・カンタービレだ!」とニヒルに言ったような気がする。ところが,調べてみるとこのとき演奏したのは「猫踏んじゃった」だったらしい。クラシックはショパンぐらいしか知らないが,この「アダ~」はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番ハ短調「悲愴」Op.13~第二楽章 アダージョ・カンタービレなのだろう。ちょっと考えれば,足の指2本でこんなの弾けるわけがない。どこでこんなふうに思いこんだのか・・・

adagio cantabile(伊)
アダージョ・カンタービレ。[ゆるやかに歌うがごとく]。


閑話休題

ここに知り合いの画家が描いた岩魚の絵がある。大変すばらしい出来で,深山の谷の深く透明な渕の雰囲気が良く出ているものなのだが,よく見ると描かれている岩魚に脂びれがない。絵としての価値になんら影響はないと思う一方,なにか物足りないものを感じてしまうのは何でだろう~♪

子供は自由に絵を描くときそんな細かいことは気にしない。ピカソが,顔の横に鼻がついているように描いても,本質をつかんでいるのであればそれは人の顔なのだ。ひれのあるなしで絵の本質が変わるわけではないのに気になってしまうのは,つまらないこだわりと偏見なのだと自分でも思う。
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by s_space_s | 2005-10-05 18:23 | 釣り | Trackback | Comments(1)
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Commented by kanbe48 at 2005-10-05 18:47
初めまして?ピアノ繋がりで辿り着きました。鍵盤が奏でる音色は神の声に近いです。


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