blog版 がおろ亭

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2012年 01月 15日

見えないものがある日急に

見えてくるときがある♪という甲斐バンドの曲が昔ありましたが、最近こんな経験をしました。

正月の食っちゃ寝生活で重くなった体をどうにかしようと、裏山を歩いていて、ネジキの冬芽が目にとまりました。
この木は、ねじれたような樹皮の縦じまが特徴ですが、冬芽も「コクサギとザイフリボクと並んで日本三大美芽」と言われるほど、つやのある赤色がきれいです。
この冬芽が目につきだすと、次々に赤い冬芽が道の脇に出てきて、ネジキがこれほど多いのに驚きました。

ネジキの冬芽は、他の山で観たのを図鑑で調べて最近名前を覚えました。
冬にこの道を歩いているときには、昔からこの冬芽を観ていたはず。
名前を覚えたから、認識できるようになったのか、その冬芽を意識したから目につきだしたのか。
以前のわしの頭の中では、この美しい冬芽は存在しないのと同じでした。

キノコも同じで、名前を覚えると、急に目に入ってくるようになる。
名前と言うものは、単にそのものを呼び表すだけでなく、不思議な意味を持ったもののように感じます。
話は広がりますが、名前を言い当てると化け物を退治することができたという民話が国内外にあります。
そういう話では言霊の信仰がテーマになっていると言われます。
また、映画にもなったウンベルト・エーコの「薔薇の名前」という小説があります。
その時代に神学者(哲学者)たちが実在論と唯名論についてしきりに議論したらしい。
哲学的にどのような決着がついたのか知りませんが、こういう論争が起こるのも名前が持つ力が無視できないからだと思います。

閑話休題
自然観察会などに行くと、参加者は植物や動物の名前を知りたがります。
それだけで満足してしまってはいけませんが、指導するほうは、やはり、名前とはそれほど人を惹きつけるものだということを認識すべきでしょう。
同定できることで、その後、自然に飛び込んでくる情報もあるのですから。
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by s_space_s | 2012-01-15 05:48 | 自然 | Trackback | Comments(0)
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