2013年 11月 12日
★灘の男 朝日新聞の土曜版に「悩みのるつぼ」というコーナーがある。 数年前まで、その回答者に車屋長吉が名を連ねていた。 人間のどうしようもない性(さが)をどうしようもないものとして悟りきった回答が毎回面白かった。 私小説作家を「廃業」した長吉が聞き書き形式で描く、自身が育った地元、灘の快人物2人。 喧嘩早くて、曲がったことが大嫌い、自然に人を引きつける魅力のある2人の企業創始者は長吉とは正反対の人物である。 小説の最後、長吉は、2人を「悪太郎」と評している。 この「悪」という意味は強いということで、古の武将、源氏の悪源太の「悪」と同じである。 社会の中で求められるリーダーとはこういうタイプの人間なのだろう。 聞き手のモノローグにぽろっと挿入される「文人などは人間の屑」というのが長吉らしい。 私などは、豪快な起業家の人生より、よほどこの書き手の「屑」の生き方のほうに共感できる。 姫路文学館学芸員の竹廣裕子氏は巻末の解説で、30代の書けなかったころの長吉が地元のお好み焼き屋「ふみ」に通ったエピソードを紹介している。 本編より、この話のほうにぐっと来るものがあった。 他の2編も同じ聞き書きスタイル。 1編は戦前の東京深川の懐かしい情景、もう1編は由緒正しき旧家のお嬢様の苦労話。 どちらも語りが上手いので一気に読んでしまう好短編である。 車谷長吉著 文春文庫 ★怪異考/化物の進化 この随筆が書かれたのは、アインシュタインの相対性理論が発表されたころ、まだコンピューターもない時代。 物理学者、寺田寅彦が怪異現象や化物について科学的に考察する。 そのスタンスは次の一文に明確にされている。 自然界の不思議さは原始人類にとっても、二十世紀の科学者にとっても同じくらいに不思議である。その不思議を昔われらの先祖が化け物へ帰納したのを、今の科学者は分子原子電子へ持って行くだけの事である。(化け物の進化) 科学が進歩すればするほど、未知の世界が開けてくるのだから、いつの時代でも不思議は尽きることは無いだろう。 必要なのは、ある事象と対面したときに、それを不思議と感じ、探求する姿勢なのだ。 この文章が発表されたのが1929年で、寅彦が51歳のとき。 同時代人として柳田国男がいて、「山の人生」を書いたのが1925年で、国男が50歳。 考察する対象に重なっている部分があり、寅彦が科学的、国男が文学的という違いがあるが、どちらも不思議に対する驚きや神秘の感覚を重視している点は同じである。 互いに何かしらの影響を受けていたのではないかと想像してみたりする。 本題とは関係ないが、2人とも俳句に造詣が深く、1932年に俳句に関する対談の予定もあったらしいので、面識はあったと思われる。 このあたりは、また関連する資料にあたってみたい。 巻末の「病院の夜明けの物音」の描写が素晴らしい。 幼少期に影響を受けた隣家の家族について、思い出を語った「重兵衛さん一家」も味わい深い。 寺田寅彦著 中公文庫 ★『古事記』神話の謎を解く 古事記に関しては、子供の絵本なみの知識しかない。 そんな素人にもわかりやすく書かれていて、厳密な資料の考証などは省略されている。 この本を読んで初めて知ったのであるが、古事記は古くからの伝承を素朴に記録したものではないらしい。 「日本」という国家の成り立ちを説明するために、既存のキャラクター(神々)を利用して再構成された物語であるという。 古事記と日本書紀の関係もなんとなく理解できた。 古代神話や古代史の謎みたいな本は沢山出ているが、今まで食わず嫌いで読んだことがなかった。 史料が限られている中で、何が真実だったのかを探求するのであるから、出てきた結論は研究者の想像力やひらめきによる部分も多いと思う。 本書では、分からない部分を神話の「話型」と「ストーリー」という枠組みで読み解いており、理解しやすかった。 西條 勉著 中公新書
by s_space_s
| 2013-11-12 21:24
| 読書
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コノサカヅキヲ受ケテクレ ドウゾナミナミツガシテオクレ ハナニアラシノタトヘモアルゾ 「サヨナラ」ダケガ人生ダ ― 井伏鱒二訳詩「勧酒」原詩(五言絶句)于武陵 ― by gaoro 検索
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