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2015年 03月 03日

鳥の道を越えて

岐阜県東白川村出身の今井監督がある日、祖父から聞いた「昔、山の向こうに鳥の道があった。」という話がこの映画を撮るきっかけだったそうです。

「鳥の道」とは渡り鳥が決まった経路をとって渡るルートのことです。
小鳥の群れはなるべく省エネで移動するため、山の鞍部を越えていきます。
野麦峠では昔、未明に峠を越えるツグミが頭を上げるのが恐いほど低空を大群で抜けていったそうです。

カスミ網漁は終戦間もない昭和21年、この地域を視察したGHQ関係者の即断で昭和22年に全面禁止になりました。
この映画では、竿に付けた網を上空に投げてカモを捕る投網猟も紹介されていますが、そのような条件付きの存続が出来なかったのかと思います。

野鳥(小鳥)を食べるのは、岐阜県内でも東濃地域に限られていたという紹介がありました。
けど、飛騨でもわしの小さい頃は祭り料理でスズメの丸焼きを食べていたし、関市出身のかみさんは、近所で網をかけて捕った小鳥を食べていたそうです。
非常に美味しかったと言っていました。

野鳥をカスミ網で捕るのは江戸時代から続く伝統技術であり、先人の自然に対する知恵が詰まっている。
また、食べるのは食文化であって、無条件で制限するのは問題があったのではないかと思います。
それが今でも、密猟という歪んだ形で尾を引いているのではないかと思いました。

2014年 日本映画 今井友樹監督 ドキュメンタリー

参考リンク
ふるさと坂下(中津川市)「鳥屋」





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by s_space_s | 2015-03-03 17:28 | 映画 | Trackback | Comments(2)
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Commented by e.wash-r at 2015-03-07 00:01
八百津でつとめていたころ(30年くらい前)、毎年、坂下の昔「鳥屋」だったところへ同僚と行きました。

バンガローのような小屋で、食べたのはうずらでしたが。

まだあるのかなあ。
Commented by s_space_s at 2015-03-08 19:43
うずらでも山の小屋で食べるのは美味しかったのでしょうね。


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