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2008年 04月 15日

事故例集再読会

南極観測隊員には全員に「事故例集」という資料が配付されています。
これは過去の観測隊が起こした事故で現在でも事故防止のため参考になる記録を60件ほどピックアップしてまとめたものです。
火災、爆発、ガス中毒、ロストポジション、怪我、クラック・クレバス・パドル転落から酔って屋外に出て救出された事例まで、長い歴史の中にはいろんな事故がありました。
この資料は極地研究所の内部資料で取扱い注意となっています。

49次隊では、安全講習の一環として平日の夕食後のミーティングに隊長が決めた順番で担当者が事故例の概要と自分としての意見、感想などを発表することにしました。
他の隊員からもそれに対する意見を出し合います。
似た事例なら何件かまとめて発表してもいいのですが、今のところ1件ずつやっています。

今回は10回目でわしの番。
案件は「昭和基地でブリザード中、ロストポジションにより遭難死」。
1960年10月10日に起きたこの遭難は日本南極観測隊唯一の死亡事故ということで、聞いたことがある方もみえると思います。
せっかくの機会でしたので、他の資料や地図も参考にして自分なりに事故の原因とそこから得られる教訓を考えてみました。




*事故例記述中におけるポイント
・カブース(幌付そり)の方向を見当つけた→目標が見えてない。視程がなかったということ。
・強風のため匍匐して進んだ→A級ブリ。風速25m/sほどだったらしい。
・F隊員が先行し勝ち→体力もあり勝手に行こうとしているのでは?
・F隊員がついて来ず→Y隊員の行動に業を煮やしここで勝手に行ってしまったのでは?
・急にF隊員の姿が消えた→福島ケルンのあたりで滑落して行方不明になるような場所はない。
やはり自分の行きたいほうへ行ってしまったと考えたほうが自然。

あくまで推測であるが、わしは、体力・気力に勝るが、登山、野外行動の経験が浅いF隊員が、同行のY隊員と別行動をとったのではないかと考える。
ただしブリザードの威力は人智も及ばない状況を生じさせるものだし、第4次の隊員といえば現在と違い精鋭ぞろいだったことを考慮すれば、錯覚、魔がさしたなど別の原因の可能性もある。
なお、他の記録などで、F隊員が子犬の世話をするために外出し遭難したという記述を見ることがあるが、子犬に残飯を与えたのは、基地内での行動であり、遭難は海氷上に出て起こった。

*帰還できたY隊員もラッキーだっただけ
・アザラシの血痕を辿ろうとしたが雪にかき消されて失敗。
・その後、何故かさらに風上へ進み、たまたまアンテナ島東縁付近についた。
・基地に帰ってからの捜索活動も2重遭難を起しかねないような状況。

*着のみ着のままでもビバークできるものだ
・Y隊員は捜索に出てまたロストポジションに陥り、10日21時から11日15時まで場所を変えながらビバークし、その後、帰還。
ビバーク中に眠気に襲われているがこれは疲れと睡眠不足によるもので、寝てもよかったのでは?その後の行動をみると低体温症による傾眠ではない。
・同日にベルギー隊員を捜索し同じくロストポジションからビバークを強いられた木崎らはヤッケのみ着て雪洞内で「うつらうつら」している。

*その他の資料
1882年木崎甲子郎著「南極航海記」から木崎・土屋がベルギー隊員の捜索に出てロストポジションに陥る部分の記述(下線、括弧書きは、わし)
・10月10日に午後吉田・福島両隊員は犬にえさをやり、ついでに地震計を据えつけたカブースソリのトロをしばりなおすために出かけた。その時福島隊員はさあ散歩に行こうと嬉々として出て行った。
・木崎と土屋は少し遅れ何気なしにピッケルを持って出発したのは幸いだった。(雪洞を掘ることができたから)外に出てみるとワァーッと雪が吹きつけてくる。風速25米はあっただろうか。これはひどいと思ったが地理を知らないデブロイクがどこかでさまよっていると思うとじっとしてはいられない。
・気温が上昇してベタ雪が横なぐりに叩きつけてくる。濃いおかゆの中を歩いているようだ。
ここからなら通いなれた道だ。「やっと晩飯が食えるぞ、慎重に行こう。風上よりやや右手に基地のはずだ。ものの5分も歩けばオーロラ棟にぶつかる。」行けども行けどもドラム缶ひとつぶつからない。現在位置がわからない。(結局、東オングルを横断してしまい東海岸でビバーク)
・明るくなってきたがブリザードはあいも変わらず吹きつのっている。これは今晩もビバークかなとうつらうつらしていた。
・福島は遂に不帰の人となった。私達と同じように風に流されさらに西海岸を南西に行ったらしい。西オングル島の吹き溜まりのなかに倒れていた遺体が発見されたのは、7年後の夏の事であった。

*他隊員からの情報
西オングルの遺体発見現場の位置を宙空O隊員に確認したところ、発見されたのは海氷上ではなく、西オングル西海岸、豆島対岸の陸に上ったところである。
歩いてそこまで行ったことになる。
昭和基地から4km以上。よくそこまで歩けたものだ。

*教訓
1.ブリザード中には外に出ない。仕事より命のほうが大事だろ。
2.ちゃんとした装備、技術もないのに出歩くな。
3.人は簡単には死なないものだ。落ち着いて行動すればなんとかなる。

我々がこの事故から学ぶべきことは多い。
福島隊員のご冥福をお祈りします。
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by s_space_s | 2008-04-15 13:51 | 南極 | Trackback | Comments(2)
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Commented by haru-ss at 2008-04-15 22:15
ほんと人は簡単に死ねない物です,最後まで出来る限りの事を尽くす事が大切ですね実際..
因にR2D2は映画ではR2と呼ばれてました.主はレイヤ姫で次はルーク・スカイウォーカーです.大佐はウォーズでくトレックです.
Commented by gaoro at 2008-04-16 13:44 x
たいへんな経験をした者としてのコメントですね。
こんどから「こら!R2」と呼ぶことにします。


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