カテゴリ:読書( 126 )


2017年 01月 12日

ねじまき鳥クロニクル

昨年秋から読みだした、村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」を読み終えました。
3編に分かれていて、それぞれが厚めの文庫本なのでかなりの長編です。
面白いのでどんどん読んでしまい、そんなに長い感じはしませんでした。
ジョン・アーヴィングと同じで、ストーリーテラーです。

村上春樹って人物描写、特に女性を描くのが上手いですね。
笠原メイという17歳ぐらいの女の子が出てくるのですが、くっきりとしたイメージが湧いてくる。
わしが頭に描いた女優さんを言ってしまうと顰蹙を買うかもしれませんが、清水富美加がぴったり。
笠原メイが書いた何通かの手紙は17歳の少女のナイーブさが出ていて、手紙っていいなと思いました。
この手紙については最後、ちょっとしたビックリがあります。

戦争や暴力もこの小説の大きなテーマです。
それがいいとか悪いとかではなく、社会や人間のなかに厳然としてある暴力的な衝動を描いています。
あと、愛とか性とか不思議な体験とかは読んでて面白かったけど、それだけでした。
細かい分析や考証はできないのですが、ポール・オースターの描く不思議な世界と雰囲気が似ていると感じました。
そんでもって、わしはこういう何のためにもならない、ただその世界に浸れる話が好きなのです。

1994年から1995年にかけて発表された作品です。
そのころの時代の匂いがしました。

新潮文庫




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by s_space_s | 2017-01-12 17:57 | 読書 | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 17日

さらっさらの…

「さらさら越え」と聞いて皆さんならどんな場所を思い浮かべますか。
草が風になびいているような爽やかな峠のイメージが湧いてきません?
わしは歴史には疎いほうですが、「さらさら越え」とは立山の南にあるザラ峠のことだと聞いて、厳冬期にそこを越えた戦国武将の話を思い出しました。
ザラザラと言えば小石などの多い風化した峠という感じがします。
さらさらと言うとオノマトペとしては違う感触で、峠の名前としては不思議な感じです。

冠山へ行ったとき、はなえちゃんが風野真知雄の「沙羅沙羅越え」という単行本を貸してくれました。
彼女がこの話に興味を持ったのも、立山の食堂のメニューに「さらさら汁」というのがあったのがきっかけです。
どんな汁なんでしょう。薄味なんでしょうか。気になります。

読んでみた感想ですが、史実として捉えられるかという部分と、話として感情移入できるかという部分があります。
本当にあった話と思って読むのと作り話と思って読むのとでは感想も違ってきますけど。

まず、佐々成正が今のカレンダーでいう1月の厳冬期に立山のザラ峠と針ノ木峠を越えたということは当時の装備と技術では想像するのが難しい。
わしも厳冬期ではないですが、積雪期の一ノ越や針ノ木谷を歩いたことがあります。
現代の完全な装備をもってしても危険を冒さずに越えられる峠ではないので、それほどのリスクを冒すのは政治家としてどうなのか?
実際は上杉領か飛騨を経て家康に会いに行った可能性のほうが大なのではと思います。
けど、事実は小説よりも奇なりということもあり、歴史研究者にとっては興味が尽きないのでしょうね。

小説としての部分ですが、人の好き嫌いで自分や家来の生命を賭してまで何かをするという感覚が分かりませんでした。
厳冬期の立山を越える意志が単なる好き嫌いから出てくるというのはどうも…。
風野真知雄もあとがきで書いているように、「さらさら」という語感が重要というのは同感です。
あと、人間は究極の体験によって変われるものだというのがテーマのようですが、変われないのも人間なのでは。

2014年 KADOKAWA/中経出版


余談ですが、オノマトペの方言がたくさんあるのも日本語の特徴なのだそうです。
飛騨の方言で「腹がにごにごする。」というのがあるのですが、余所の方には意味不明でしょうね。
わしも感覚は分かるのですが言葉で説明できません。

その他、最近読んだ本
★白夜 ドストエフスキー著
★ねじまきクロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 村上春樹著




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by s_space_s | 2016-11-17 18:26 | 読書 | Trackback | Comments(2)
2016年 09月 01日

最近読んだ本(貧困旅行記、大人の流儀、六韜、夢で会いましょう)

★貧困旅行記
再読。やっぱつげ義春の波長には共振してしまう。
「ふっつ・とみうら」の出てくるところを読み返したが、何も憶えてなかった。
鄙びた鉱泉宿に泊まりたくなった。

 つげ義春著 新潮文庫
 
★大人の流儀
週刊誌に連載されたエッセーを集めたもの。
最初の数ページで読むのが嫌になった。
ひょっとして最後まで読めば何かあるのかと我慢して読んだ。
こんな男は何となくダンディーでマッチョに見えるので、好きになる女もいるのだろう(夏目雅子とか)。

 伊集院静著 講談社 

★六韜
3000年前に書かれたといわれる(本当は2000年前?)中国の君子論、兵法の書。
国を平らかにするための聖人君子論みたいなことが書いてあるかと思えば、隣国攻略のため賄賂や美女を送り偽情報を流せという。
要するに徹底的にマキャベリズム。
全ては支配・征服するための手段なのである。
後半の戦略編はパターン化していて笑える。

 林富士馬翻訳 中公文庫

★夢で会いましょう
カタカナ1語から湧いたイメージで、村上春樹と糸井重里が自由に文章を書いた短編集。
ふ~ん、糸井重里も小説を書くんだ…。
各編の終わりに村上なら「m」、糸井なら「i」のマークが付してある。
最初のうちはどっちが書いたか分からないこともあったけど、途中からだいたい分かるようになった。
村上の短編「パン屋再襲撃」の元ネタ「パン」があったのは嬉しい発見。

 村上春樹・糸井重里著 講談社文庫

「貧困旅行記」や「夢で会いましょう」を読んで何かを学べるわけではないけど、読んでいて楽しい。
「六韜」も偉い人はこんなこと考えているのかと感心して読める。
いちばん時間の無駄なのは「大人の…」みたいな本である。




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by s_space_s | 2016-09-01 17:19 | 読書 | Trackback | Comments(0)
2016年 07月 09日

最近読んだ本(抹香町・路傍、絵のなかの散歩、沢登りの本)

★抹香町・路傍
私小説家、川崎長太郎の本。
朝日新聞の文芸欄に紹介されていたので読んでみた。
私小説に特に興味があるわけではなく、つげ義春の「貧困旅行記」に記述があるとかで、その雰囲気に期待したのである。
家の本棚を探してみても、つげの本は行方不明で紹介の内容は分からなかった。
しかし、「ふっつ・とみうら」を読めばつげ義春と少し若くてきれいな奥さんの旅物を彷彿させ、なんでつげ義春がこの作家が好きなのか分かる気がする。

毎日観る、あるテレビ番組の出演者の女性が、「抹香町」に出てくる私娼の女を思い出させる。
いや、「抹香町」がその女性を思い出させるのか?
いずれにせよ困る。

「徳田秋声の周囲」は、わしにとって要らないおまけ的な存在なのに長すぎる。

巻末の解説で秋山駿が「私小説家の一番いい定義は正直な人」と書いている。
ここで正直という意味は自分の経験したことのみを書き、意見とか感想とかは書かないという意味。
けど、私小説は日記や記録ではないのだから、ある事柄を選んで書くこと自体に何か言いたいことがあるというのは言わずもがな。

講談社文芸文庫

★絵のなかの散歩
わしが海老原喜之助の「ポアソニエール」はあまりいい絵とは思えないと言っても、洲之内徹ならここがどうだからこの絵は素晴らしいとか言うことはしないだろう。
洲之内の価値判断は、自分が観ていいと思えばいい、ということだから。
ただし、その審美眼が商売として通用するところが「当代に稀なる目利き」たる所以である。

38話のなかで紹介されているのはすべて日本の画家。
カラーの口絵が挿入されているのは数点しかなく、あとは小さなモノクロのコピーなのは画集ではないのでしかたがない。
気になったのは靉光(あいみつ)「鳥」、長谷川潾二郎「猫」、海老原友忠「C57機関車」
特に靉光という戦後まもなく若くして死んだシュールレアリストには非常に興味を覚えた。

絵とその絵描きがメインでない話もいくつかあり、それがまた面白い。
「画廊のエレベーター」や「ダットサン物語」は機械に性能だけを求めない、ポンコツにも愛着を持つ感じがわしにもよく分かる。
愛着を持つといっても磨いたりはしないのである。
ダットサンが雨漏りして靴が水没するほどになり困ったが、そのうち底が腐って抜けて問題が解決したという調子。

写真をみるといかにも芸術家タイプ。
女性にもてたらしいことが伺われる話もちらほら。
一般にいう家族思いの夫・父親ではなかったと思われる。
しかし大学生になった次男の突然の交通事故死の顛末を淡々と描いた冒頭の「赤まんま忌」を読んで、洲之内の悲しみや後悔といったものがわしの琴線の波長とぴったり合ってしまい、新幹線の中で読んでいたこともあり、困ったことになった。

「きまぐれ美術館」も読んでみたい。

新潮文庫

★沢登りの本
わしが岐阜登高会に入会し沢登りも始めた1983年に発行された沢登り入門書。
「沢登り人口の底辺を広げる軽やかな入門書」をコンセプトにしているだけあって、当時、全くの初心者であったわしにも楽しく読めたような気がする。
古い本で申し訳ないが、最近沢にはまったらしい友人に進呈しようと思い本棚から引っ張り出してきた。

沢登りの最先端の世界は知る由もないが、身近なところでは沢の世界は30年前と変わっていないなと思った。
あの当時のわくわくする気持ちが蘇ってきて、再読して懐かしかった。

岩崎元郎著 白水社




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by s_space_s | 2016-07-09 15:42 | 読書 | Trackback | Comments(0)
2016年 07月 04日

KATANGA!

暫く前に、まっちゃんのお家に寄ったらいつものようにJAZZのLPをいただいてしまいました。
プレイヤーの名前も知らないし、ジャケットの雰囲気から民族音楽的なものを想像していましたが、全然違いました。

1曲目の"Katanga"からDupree Boltonの凄いペットの早吹き(そんな言葉ないかも)に圧倒されました。
このトランぺッターはとても特異な経歴を持った人らしい。
冒頭や曲の中に「ルパン三世」のテーマにそっくりなフレーズが何ヵ所か出てきます。
たぶん後者がぱくったのではないかと。
嘘だと思ったら聴いてみるでござる。




B面の"You Don't Know What Love Is"はどこかで聴いたことがあるような懐かしさ。
スタンダードナンバーなので当たり前です。

夜にちびちびやりながら本を読みつつ何回も聴いてます。
ありがとうございます。





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by s_space_s | 2016-07-04 23:22 | 読書 | Trackback | Comments(1)
2016年 03月 31日

最近読んだ本(移動祝祭日、人間の土地ほか)

最近めっきり読書量が減ってしまいました。
1冊読了するのに1ヶ月以上かかっているしまつ。
読んでいても何故か集中できず、ほかごとを考えてしまうか、寝てしまうことが多いです。

★移動祝祭日
ある集まりで、ヘミングウェイの ”A Moveable Feast” という本の話が出ました。
かなり前に読んだ記憶があったので、読んだことあると言ったら、「移動祝祭日」とは何のことかと訊かれました。
内容もうろ覚えでしたし、英語の集まりだったので、「パリの生活が彼にとって毎日お祭りみたいなものだったのでは。」とか言ってごまかしました。

自分でも気になったので、本棚から探してきて再読してみました。
この作品は小説ではなく、ヘミングウェイが若いころのパリ生活を思い出して書いたエッセーです。
探してみたけど本文の中に「移動祝祭日」という言葉は見つけられませんでした。
しかし、読んでみて、わしの説明は当たらずと謂えども遠からずだと思いました。

興味深かったのは、わしの大好きな「二つの心臓の大きな川」を書き始めるところ。
ヘミングウェイの中にひとつの知悉した世界があり、それを文章にしていく営みが、天才のなせる業のように感じました。

当時パリで活動していた有名な芸術家のエピソードもたくさんあります。
知らない人が多いなかで、パスキンの作品はいくつか観たことがありました。
パスキンが卑猥な言葉で可愛がっていたモデルの姉妹って、こんな感じだったのでしょうか。

「ジナとルネ」
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久しぶりに会った妻と子供の描写はその後の暗い部分と合わせて煌めくよう。

アーネスト・ヘミングウェイ著 高見浩訳 新潮文庫


★人間の土地
ある種の人間にとって、冒険することに人生の意味があるようです。
自分がやりたいことについて、人類の進歩のためとか後付の説明は可能です。
が、そういう人間には新航路を開拓することも戦闘機に乗ることも冒険という点では同じ意味なのかも。

まだ引っかかるところがあるので、現在再読中。

サン・テグジュペリ著 堀口大学訳 新潮文庫


Allen & Mike's Really Cool Backcountry Ski Book
トイレでいつも読んでいる”Allen & Mike's Really Cool Telemark Tips”のコンビが書いたバックカントリースキーとキャンプのハウツー本です。
イラストがアメリカっぽくて楽しい。
まだ、導入部しか読んでませんが、へえ~、へえ~の連発です。
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by s_space_s | 2016-03-31 18:04 | 読書 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 19日

療養中に読んだ本

8月18日に入院してから9月14日に職場復帰するまでに、暇つぶしで読んだ本をおぼえにメモします。
順番は読んだ順です。

★植物はすごい
かみさんの親友に入院中の暇つぶしとしてもらった本。やっぱり植物はすごい。
憶えておきたい知識が一杯だが、すぐに忘れてしまうのが悲しい。
田中修著 中公文庫

★カンガルー・ノート
長良の鯨書房で100円均一のコーナーに阿部公房の文庫がどさっと。
入院中の暇つぶしにぴったりでした。
足にカイワレ大根が生えてくる男の話。
自称ミス採血、トンボ眼鏡の看護婦に欲情してしまう男。阿部公房最後の長編。
安部公房著 新潮文庫

★第五の山
キリスト教信者でなくても良くわかるお話です。
パウロ・コエーリョ著 山川紘矢・山川亜希子訳 角川文庫

★女たちの遠い夏
自らの生き甲斐と母性との葛藤という月並みな言葉では、子殺しのイメージまでちらつくこのお話の怖さを説明できない。
カズオ・イシグロ著 小野寺健訳 ちくま文庫

★水中都市・デンドロカカリア
初期の短編集。「飢えた皮膚」と「ノアの方舟」が面白かった。
阿部公房著 新潮文庫

★11分間
ブラジルの田舎町から自己実現?のためスイスにまで行って娼婦になってしまう女の話。
SEXをこれほどスピリチュアルなものとして書けるのに感心してしまう。
最後まで読むのが非常に苦痛だった1冊。
ちなみに11分間というのは、いろいろいたすのに掛かる平均的な時間だそうです。
パウロ・コエーリョ著 旦敬介訳 角川文庫

★無関係な死・時の崖
「砂の女」を書いたころの短編集。
一家心中をしようとする父親を姉妹が力をあわせ絞殺する「なわ」、身に覚えのない他人の死体の処理に翻弄される「無関係な死」。
大友克洋の短編にあったようなモチーフである。
阿部公房著 新潮文庫

★他人の顔
今回読んだ中では一番面白かった。
事故でケロイドになった顔を生まれ変わらせるため、高分子化学研究者の技術を駆使して全く自分と性格の異なる「他人の顔」の仮面を作ることに成功した男。
他人の顔で妻を誘惑し逢瀬を重ねながらも、嫉妬に耐えられず告白する。
そして大どんでん返しがあり、そのまたどんでん返しがある。
「まったく、書くなどということで、ろくな結果が出たためしはない。」
そのとおり。
阿部公房著 新潮文庫

★幽霊船・バートルビー
病院の図書室で借りてきて入院最後の2日で読んだ。
「幽霊船」はよくできたミステリー。帆船航海時代の雰囲気はメルヴィルにしか書けないものだろう。
何を指示しても「ぼく、そうしないほうがいいのですが。」
言うことをきかず、事務所に居座り続ける雇われ事務員バートルビ―。
その不条理性は阿部公房の小説などにも共通するものである。
けど、結末が人間性のほうに引きつけられているのに時代を感じる。
放送大学資料書写人バートルビ―のテキストがあった。
ハーマン・メルヴィル著 坂下 昇訳 岩波文庫

★イルカを食べちゃダメですか?
食べていいと思う。猿も犬も鯨も。
関口雄祐著 光文社新書

★生命-どのようにして存在するようになったか
1985年の情報なので、その後の科学的な発見によって若干修正すべきところがあるのかも知れない。
けど、進化論も一種の宗教だという結論に変わりはないだろう。
ものみの塔聖書冊子協会

★ヨーロッパ史における戦争
中世のある意味牧歌的な騎士の戦争から、市民まで巻き込むようになった民族の戦争を経て、今は技術者の戦争の時代。
そしてヨーロッパ中心の時代は去り、冷戦の時代から、アメリカの政治的失敗による泥沼の対テロ戦争。
そこに日本は手を出そうとしている。
戦争していったい誰が得するのだろう?
マイケル・ハワード著 奥村房夫・奥村大作訳 中公文庫

★私の釣魚大全(再読)
高校生のとき、よく月間PLAYBOYを読んでいて、開高健の「オーパ」とかあこがれたもんだ。
「旅」という雑誌に1年間連載されたもので、1968年当時、開高はそれほど釣りの経験は多くなかった。
高度経済成長優先の日本では海、山、川の自然環境が急速に悪化していたため、それを憂う言葉が随所にでてくる。
今の日本の釣り環境は、それほど悪くはなってないと思うので、よかったよかった(楽観的すぎ?)。
井伏鱒二の話がよく出てくる。本棚から「川釣り」を出してみる。
開高健著 文春文庫

★糞尿譚
上記の本に「コイとりまあしゃん」のことを日野葦平も書いているとあったので、この作家のことを調べていて、目に止まる題名があった。
なんでかというと、学生時代に内外の糞尿に関するうんちく(うんちくんではない。)をこれでもかと集めた「スカトロジア(糞尿譚)」という本を愛読していたことがあったので。
仏文学者の山田稔の本である。
「ウンコッロ・クラッター氏の世にもすばらしき体験―クサイスキー氏の手記より」などという忘れようにも思い出せない話が満載。
うんことかおしっこに関心を示すのは、フロイトによれば肛門固着と言って幼児性が残っている証拠だそうな。
まあ、そうかも。
当然、「スカトロジア」にはその副題ともなった、この小説に関する書評が書かれていた。
ラストシーンの黄金色に輝く彦太郎のイメージは、さんざん虐げられた男の魂の解放であり、カタルシスの大きさではロッキーのラストシーンにも匹敵するものである。
日野葦平著 青空文庫

★川釣り(再読)
白毛をテグスかわりに抜かれるお話や、冬の川で岩をハンマーで叩きハヤを取る話など。
つげ義春は井伏鱒二の世界が好きだったようで、つげの漫画の元になったようなお話がいくつもある。
「グダリ沼」の終わり方は何とも言えず好ましい。
井伏鱒二著 岩波新書

★あな・二人の友(モーパッサン短編集Ⅱ・Ⅲから再読)
「川釣り」にこの2つの短編が紹介されている。
井伏は意識的なのかどうか知らないが、重要な要素の変更を行っている。
「あな」については、釣りの穴場を横取りした男が言った言葉に逆上して川へ突き落したと紹介されている。
原本では、気に食わないことを言うのは横取り男の肥ったかみさんであり、被告ルナールのチビのかみさんと女同士のケンカになるのである。
横取り男はあろうことか自分のかみさんに加勢しようとしたので、ルナールは2発ほど拳をおみまいしたところ川に落ちて溺死する。
その後ルナールは女のケンカを止めるのに必死で、落ちた亭主が溺れているとは知らなかったのである。
いわゆる緊急避難であった。

「二人の友」は、プロシアとの戦時下、パリの釣り好きのおっちゃん2人が前線を越えて馴染みの釣り場に出かけるという話である。
2人はプロシア兵に捕まりスパイ容疑で射殺される。
井伏は、2人は目隠しをされ銃殺された。読後感として二人が倒れたあとの「魚籃のなかの魚の描写がちょっと強烈にすぎるような印象」と書いている。
該当する部分を原本から引用する。
「兵士たちは銃を上げた。そのとき、ふと、モリソーの視線は、河沙魚のはいった魚籃の上に落ちた。二、三歩離れて、草の上に、放りだされている。一条の陽光が、まだ動いている、積みかさなった魚にあたって、きらめいていた。すると、なんだか気がとおくなってきた。がまんしていたが、涙が出てしかたなかった。」
目隠しはされておらず、魚の描写は銃殺の前なのである。
たぶん、井伏はこの魚を使った演出がくさい芝居じみたものだと感じたのかもしれない。

かみさんにこの話をしたら、どっちでもいいことじゃないとあしらわれた。

モーパッサン著 青柳瑞穂訳 新潮文庫




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by s_space_s | 2015-09-19 12:46 | 読書 | Trackback | Comments(4)
2015年 08月 10日

最近読んだ本(中世ヨーロッパの農村の生活、パン屋再襲撃、TVピープル、風の歌を聴け)

感想を書くほどきちんと読んでいませんが、覚えにメモします。

★中世ヨーロッパの農村の生活
 イギリス東部の農村エルトンに関する資料に基づき、当時の農村の共同体としての生活を描く。
 農奴にはローマ時代の奴隷のようなイメージを持っていたのだが、慣習法によりある程度権利も認められ、私有地も持っていたのには驚いた。
 姦通税など、罰金と税金のあり方が現代と違う感覚なのも面白い。
  
 ジョセフ・ギース、フランシス・ギース著、青島淑子訳 講談社学術文庫

本棚にあった村上春樹の本を再読
★パン屋再襲撃 1986年
★TVピープル 1990年
★風の歌を聴け 1979年

TVピープルに収録されている「眠り」を読んでいて、ふと考えた。

目を閉じて横になり、手足を全く動かさず、何かに触れる皮膚感覚もなかったら、自分の手足が今どうなっているのか、あるのかないのかも感知できない。
試に、片手を宙に挙げて、目をつぶってみればよい。
5本指があることは、指を動かすまで感覚的には分からない。

もう一つの妄想。
今、私は机に向かっている。
自分の体がスフィンクスみたいに巨大であり、その眼孔に立って、数100m下に広がる、広大な机の上という大地を眺めているとイメージする。
ここから飛び降りたら、多分死んでしまうだろう。



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by s_space_s | 2015-08-10 12:40 | 読書 | Trackback | Comments(0)
2015年 05月 16日

最近読んだ本(飆風、羽根むしられて、ジェイルバード)

色々あって、最近本を読めてません。
かなり前に読んだものも含め、憶えに記録しておきます。

★飆風(ひょうふう)
車谷長吉の身を切るような私小説三編と小説論1編。
小説論に引用される作品とコメントにこの人とわしは感覚が同じだと感じました。

「藝術は爆発だ」岡本太郎
「汚れちまった悲しみに…」中原中也
「楢山節考」「おくま嘘歌」深澤七郎
「剃刀」志賀直哉
「断食藝人」カフカ、など

車谷は虫酸が走る人物として、長嶋茂雄や石原裕次郎をあげつらっている。
虫酸が走るとは理屈抜きで大嫌いということです。
車屋の感覚を想像するに、自信満々でナルシスティックな人物を嫌っているのではないでしょうか。
たぶん、安倍晋三やイチローなんかには虫酸が走るのでは。
わしも同じです。

さらに進んで、車屋は人権とかニューマニズムにも感覚的な疑義を申し立てています。
なら、どうすればいいのか?
あほなわしにはよく分かりません。

文春文庫

★羽根むしられて
町田康が50回も読んだ本と言うことで、読んでみました。
1回目は、どこが面白いのかさっぱり。
「なんや、ニューヨーク的な諧謔味って全然わからん。」と腹を立てていたのですが。
2回目でやっと味が出てきて、3回目は結構はまりました。
何回も読まないと良さがわからない本もあるということを教えてもらいました。


バレー(踊り)の解説をパロディにしたこんな小品も面白いですね。

「雌鹿の生涯のある一日」
 耐えがたいほど甘美な曲が流れ、幕が上がると、そこは夏の昼さがりの森の中です。一頭の小鹿が踊りながら、木の葉をむしゃむしゃ食べています。小鹿はやわらかい草むらの中にのんびりと入ってゆきます。それから間もなく小鹿は咳こみ、死んでしまいます。

何食ったんじゃろう?

ウディ・アレン著 伊藤典夫・堤雅久訳 河出文庫

★ジェイルバード
これも町田康が数十回、読んだということで興味を持った本です。
ヴォネガットの小説では、数年前にPlayer Piano を読んだことがありました。
物語の上手さ、ユーモア、ヒューマニティへの信頼など、この長編にも同じ良さが出ていて、自分としては掘り出し物でした。

町田康に感謝。
今、2回目を読んでいます。

カート・ヴォネガット著 浅倉久志訳 ハヤカワ文庫


昨夜、酒を呑みながらこの文章を書いていたら寝てしまいました。





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by s_space_s | 2015-05-16 21:36 | 読書 | Trackback | Comments(2)
2015年 03月 04日

破滅の石だたみ

パンクロッカー時代の話など、町田節炸裂(爆裂)のエッセー集。
いろんな雑誌などで書いた文章を集めたもののようだ。

「旅行とはなにか」という文章がある。

・・・人跡未踏の秘境やいったん迷い込んだら生きては出られない魔窟に行っても「秘境も飽きたなあ」と嘯く人もあるからである。というと日光や箱根に驚愕している人より、秘境で倦怠している人のほうが旅慣れていて格好よい人のように聴こえるが逆である。
というのは、なぜその人が倦怠するのかと言うと、これまでどんな新奇・珍奇なものに触れても、当人の中身がまったく更新・アップデートされず、ただただ、新奇・珍奇を消費、すなわち、そのものを使って虚しくしてきただけであったからである。

これを、登山に当てはめても、ははんと思われる節がないこともない。
山行の成否は当人の中身のアップデートにかかっている・・・と言い切るのは、一面過ぎるとは思うが。


感心したのは、筆者は幼少時代から読書の虫であって、気に入った本は何十回も読むことがざらであるらしいこと。
本人は先人を手本にするようなことは潔しとせず、まったく新奇の小説を作ろうとしたと言っているが、この読書経験が糠床のようなものであり、彼の文章にいろんな味を浸みこませているのだと思う。

わしの場合、1回読んだらあとは本棚に並べておくだけ。
二度読むのは、読んだことを忘れてしまってまた購入するという事故のときだけである。
これも、1回登ったルートは2回目登らないのと同じかも(特に自分で開拓したルート)。

町田康著 2008年 角川春樹事務所 




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by s_space_s | 2015-03-04 17:28 | 読書 | Trackback | Comments(0)