blog版 がおろ亭

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2010年 03月 28日

迫間不動と多賀坂越え

ポデローザ3号のブレーキが減ってしまったので、ブレーキシューを買ってきて取り替えました。
では、いっちょうテストランしてみるかということで、午後から関の迫間不動へ行くことにしました。
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岐阜市芥見の自宅からまずは各務原方面へ南下します。
山沿いを走っていたら材木団地なるところへ迷いこんでしまいました。
大きな材木が広い敷地内にたくさん置いてあります。
これは「ヒメコ」と書いてあるところを見るとヒメコマツでしょうか。
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さらに山沿いを東へ行くと、なにやら怪しい感じのする看板が・・・。
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B級観光ポイントを期待して寄ってみると、しっかりと管理された平安時代の窯跡でした。
天狗谷遺跡
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途中で東海自然歩道に入り、担ぎを入れながらパスハン(パス・ハンティング、死語?)気分に浸ります。
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こんな湖(実はため池)もある。
いやがおうにも旅情が高まります。
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ついに着きました。迫間不動。
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昔来たときの印象より、霊的な雰囲気がむんむんと漂っている感じでした。
ご本尊はこの岩穴の中にあります。
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来られた皆さん同じ感じをもたれるようです。
迫間不動

階段が上に続いていたので、どんどん登っていくと知らないうちに標高300m程の稜線まで出てしまいました。
霞んだ関方面を眺める
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そこにいた男子高校生3人組と二言三言話をしてから別の道を降りました。
迫間不動に鍵もかけず置いていった自転車は無事。
あとは峠道を少し登り、トンネルを抜けるとそこは・・・。
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トンネルってなんか異次元に繋がっていそうで好きです。
黒沢明の「夢」にもトンネルの話がありましたね。

あとはひたすら車道を走り暗くなる前に家に着きました。
3時間たらずのサイクリングでした。

不動明王については、岐阜大学名誉教授の小澤 克彦先生のHP神々の故郷とその神話・伝承を求めてに分かりやすい解説があります。
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by s_space_s | 2010-03-28 15:05 | 自転車 | Trackback | Comments(2)
2010年 03月 28日

薙刀山(椎高谷右股左岸尾根)テレマークスキー

ルート図(クリックしてね)
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3月27日(土)晴れのち小雪
メンバー:わし、イシハラさん

石徹白の薙刀山は桧峠から見ると野伏と並んで真っ白でいかにもスキー向きという感じであるが、通常登られている椎高谷左股を詰めて野伏とのコル手前からトラバースするルートでは、滑りの際にはほとんど斜滑降に終始してしまい左足が疲れるだけで面白くない。

今回滑ったルートは椎高谷を2回渉る面倒(谷は雪が詰まっている)はあるが、薙刀からの斜面は広く快適で滑降を楽しめるラインである。
おまけに北面の願教寺谷源頭の新雪斜面も滑ってみた。

和田牧場からの野伏
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椎高谷二股上は植林がうるさそうだが実際は間隔が広く障害にはならない。
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左股の渡渉点手前。
この斜面はかなり急で割れているところもあり、さらに雪質によっては雪崩にも注意。
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右股の渡渉は比較的楽。
尾根に上がってしまえば、あとは快適な斜面をひたすら登る。
15年もののシールが団子になって苦労する。
ワックスを塗って、イシハラさんに甘えてトレースを使わせてもらう。
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正面が薙刀
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ブナとダケカンバの疎林
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椎高谷渡渉地点あたりで薙刀へ向かう数パーティーの登山者と分かれたが、わしらが先に頂上に着いた。
ガスがかかってくる。
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北面の願教寺谷が非常においしそうな斜面なので、谷底まで滑ってみる。
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曇って傾斜が分からないのを除けば、非常に快適なプチ新雪でした。
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登り返し。
コブのあるブナ。
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本日メインの左岸尾根も広く適度な傾斜でテレマーク向き。
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あっと言う間に渡渉点へ。
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右股はスキーのまま渉る。
中間大地をトラバースして左股の渡渉点へ。
ここはスキーを外し、つぼ足で登る。(下の写真の真ん中のルンゼ状)
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和田牧場へは適当にターンを楽しみながら滑り込み、シールなしでパスカング。
林道は下部で雪が解けて2回ほど板を外したけど、小白山谷の橋まで滑ることができた。

車止め7:00 和田山牧場8:30 左股渡渉点9:30 左岸尾根上10:00 薙刀山11:00
北面滑降後コルへ 右股渡渉点12:30 左股渡渉終了12:50 車止め13:50


最後にイシハラさんに撮ってもらった動画をひとつ

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by s_space_s | 2010-03-28 07:24 | テレマーク | Trackback | Comments(4)
2010年 03月 23日

鳥取砂丘と出雲大社

新聞に広告が出ていたバスツアーで鳥取砂丘と足立美術館、出雲大社に行ってきました。

大阪までJRで行き、そこからバスに乗る。
ガイドさんはこの道○十年のベテラン。
通りかかった地域の観光や歴史、生活について何も見ずに独特の節回しで出てくるお話は、感心するほど止めどもないのである。
かといって、居眠りの邪魔をしないくらいの心地よいBGMでもあって、これぞプロフェッショナル。

「吉良公のお墓を見に行ったら、偉いお殿様の割りに小さい石のお墓だったそうな。」
な~んでか?
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「大石はもうこりごり。」
てな具合。

お昼には鳥取砂丘に着き、刺身、蟹、天ぷらの昼食。
安いツアーなのでめっちゃ豪華というわけでもない。わしらにちょうどいい。
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お腹が膨れたところで、特に景色がいいわけでもない意味不明のリフトに乗って鳥取砂丘へGO!
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リフト降り場で長靴を貸してくれる。
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正面から見るとすごく急斜面に見える。
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やっぱり急。
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下に見える池の水を舐めてみたら真水だった。

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「砂の女」のことなど思い出しながら、バスの人となる。

次は、足立美術館へ行く。
予定より移動に時間が掛かり、鑑賞時間は1時間ちょっとしかない。
横山大観のコレクションが素晴らしく時間が足りなかった。
企画展「長寿の芸術家たち」では老いて円熟味を益す日本画の大家たちの絵に感動した。
大観の「寿」。このぶっ飛んだ発想がすごい。

お土産に画集を買おうと思ったけど、写真と本物とで差がありすぎるので、記憶にとどめることにした。
直筆のものを見ると本当に違うんです。

アメリカの雑誌で何年間か日本庭園として1位にランキングされた庭も非常にきれいに整備(敢えて言うが)されている。
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宿泊は皆生温泉。
夕食は熱燗をいただきながら蟹を腹一杯食べる。

「なんだぁ?ペンギンにみえねぇだと!ヒック。」
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朝、日の出前に近くの海岸へ散歩に行く。
このとき撮った写真になにやら訳の分からないものが写っていた。
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出雲大社は本殿の屋根の葺き替え工事中
こちらは神楽殿。しめ縄の重さ4トン。
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島根ワイナリーに寄り、試飲のワインをお代わりして飲みいい気分。
好きだけど酒飲むと眠くなるかみさんは隣でグーグー。

最後に顔を見せてくれた大山
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かみさんは「こんどは自由な旅行に行きたいわ。」と言うけど、こんなついて周りの旅も気楽でいいもんだ。
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by s_space_s | 2010-03-23 22:34 | 旅行 | Trackback | Comments(4)
2010年 03月 15日

頼むから静かにしてくれ

レイモンド・カーヴァーのデビュー短篇集。
Ⅰ・Ⅱと分冊になっている。
13編集録されているうち、たぶんいくつかは別のアンソロジーなどで読んだことがあるような気がする。
あるいは、読んだこともないのに既視感を覚えるほど後のカーヴァーの短編と同じ微妙な雰囲気が漂っている。

好きなのは「Ⅰ」に集中しているのであるが・・・

「でぶ」
デブを見たことによって自分のなかの何かが変わってしまう。
それは、たぶん誰かに説明しようとしても、無理だと諦めざるをえない感情なのだ。
こんな感覚はカーヴァーにしか書けない。

「隣人」
ラストの突き放したどうしようもない感じがすごい。
ダリの絵にある、荒野に屹立するエロティックなオブジェを思い出してしまった。

「サマー・スティールヘッド」
青臭い(栗臭い?)少年の妄想と、でかい虹鱒を捕まえるのに夢中になるシーンは「スタンド・バイ・ミー」を彷彿とさせる。
せっかく捕らえた虹鱒は、家に帰ってみるとグロテスクなものに変わってしまう。
少年とその家族の闇と不安を象徴しているのであろう。

「あなたお医者さま?」
奇妙な電話がきっかけとなる中年男の奇妙な体験。

カーヴァーを知り尽くした村上春樹の翻訳はすばらしく、付録の解説も参考になった。

村上春樹翻訳ライブラリー (新書)
中央公論新社 (2006/01)
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by s_space_s | 2010-03-15 13:04 | 読書 | Trackback | Comments(0)
2010年 03月 14日

悪雪マスターこざえもん

今朝起きると首から肩にかけて寝違えたように痛む。
そういえば昨日のテレマークは固まりかけた重い雪をよく滑り、よく転んだ。
まるで五体投地する宗教者のように。



山屋ブルース
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by s_space_s | 2010-03-14 21:57 | テレマーク | Trackback | Comments(2)
2010年 03月 08日

落下傘学長奮闘記

著者の黒木先生は、法人化前3年と法人化後4年を岐阜大学長として務められた。
学長選挙で学外から選出された学長として奮闘努力され、そのご苦労は並大抵のものではなかったはず。
そのエピソードと国立大学の法人化そのものに対する評論が、ユーモアを交えた率直な物言いで書かれている。
研究者らしくデータを基礎に書かれているのも特徴。

この本は2009年3月発行なので、私が南極から帰ってすぐ出版されたことになる。
南極へ出発する直前に学長室へ挨拶にお伺いして、山の話をしたことを思い出す。
先生も山スキーがお好きで、私も分担執筆した「ハイグレード山スキー」を差し上げたら喜んでおられた。
その後、御嶽の「僕らのライン」にも挑戦されたそうだ。

この本は国立大学人の必読書とも言われ、幹部の部屋に行くと必ずどこかに置いてあるらしい。
私も読まないといけないと思いながら、趣味以外の目的で読書するのがおっくうで読まずに過ぎていた。
また、みんなが「良い、良い」というものを避ける、へそ曲がりの性格のせいだったかも。
今回は、たまたま同僚の方からお借りすることができ、旅行の移動中に読ませていただいた(黒木先生すみません)。

法人化前後、立場は違えど私も大学の本部でその事務処理に携わっていた。
当時は、文科省や国大協から結果として出される情報に、意味もよく分からないまま追われていたような印象しかない。
その裏でどのような政治的な力が動いていたのか、岐阜大学の生き残りのために黒木先生はどのように動かれたのか。
歴史小説を読むように興味深く読ませていただいた。
また、自ら「思いつき学長」と言われる先生は、法人化のメリットを生かすため、いろいろな方策を試行錯誤されたという。
その一部は、今でも岐阜大学の特色ある取組みとして続いている。

大学の事務職員には、文部科学省を経験して大学等に出た管理職員、大学等で採用され管理職となって他大学へ出た管理職員、定年まで外に出ず最後は事務長、課長で終る地元採用職員という、ヒエラルキーが存在するのであるが、黒木先生はこの地元採用職員の能力についても厳しいことを書かれている。
管理職となって単身赴任で苦労し「引っ越し貧乏」になるより、給料は安くても定住し落ち着いた暮らしがしたいという職員は今でも多いと思う。
私もその1人である。

確かに各階級の職員の考え方や能力には差がある。
しかし、ほとんどの職員は自分の大学がよくなればいいと考えているに違いない。
その思いと能力を発揮できる仕組みがうまく働いていないというのが実感だ。
例えば国立大学の根幹である中期目標・計画についても、誰が考えて誰が責任をもってそれを実施するのか一般の教職員にはよく認識されていない。

国立大学法人は平成22年度から第2期の中期目標期間に入る。
2年も前からそのための準備は進んでおり、部分的には法人化のメリットが生かされてきそうな雰囲気はある。
私も、学生の教育に直接関係のある学務担当職員として、自分のできることから取り組んで行きたい。
それが、大学として私を南極へ送り出してくれた岐阜大学と黒木先生への恩返しになると思うから。

落下傘学長奮闘記―大学法人化の現場から (中公新書ラクレ)
黒木 登志夫 (著)
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by s_space_s | 2010-03-08 18:17 | 読書 | Trackback | Comments(0)
2010年 03月 01日

49次隊心理テストフィードバック

普通列車を乗り継いでJR京都駅に降り立った。
目指すは西京極にある京都光華女子大学人間科学部。
今日は、南極へ出発する直前から帰路まで8回にわたって受けた心理テストのフィードバックを受けるのだ。
午後1時から担当の鳴岩先生に面談する約束なのだが、朝早く岐阜を出たのでまだ時間がある。

地図も持って来なかったけど、京都は碁盤状に道路が走っているので、西京極まで地下鉄と電車道沿いに歩くことにする。
何キロあるかも分からないので、時間がなくなったら電車かバスに乗るつもり。
駅から北に少し歩くと浄土真宗東本願寺。
せっかくなので阿弥陀様、親鸞様にご挨拶していくことにする。
恥ずかしながら、こちらにお参りするのは初めてで、お堂の大きさに驚く。
世界最大の木造建築なのだそうだ。
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現在のお堂の建立は明治時代で、それほど古くはない。
雪国から大木を運ぶ途中、雪崩で多くの犠牲者を出したときに使われていた橇など、興味深く拝観する。
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お寺を出て、まずは四条まで北上し、そこから西に向かい阪急電鉄に沿って歩く。
いい天気で気持ちが良い。
途中250円弁当なるものの店があった。
朝日新聞の連載記事で読んみ興味があったので、店に入り買ってみる。
チキンカツとキンピラごぼうのおかずは割りとおいしそう。
ここで働く人は低賃金で大変だろうし、こういう店ばかり流行っては昔からの味を良心的に守ってきた店が困ることになると思うと複雑な気分である。

昔から贅沢することはいけないことだと教えられ、我慢することが身に染みているわしなどは、不況の経済社会にとっては回復の妨げということになるのであろう。
その分酒の消費量では挽回しているつもりだけど・・・。

本当に目的地に向かっているか不安なので、ときおり地元の方に道を尋ねながら歩く。
7kmほど歩いて、結果的にかなり遠回りして光華女子大学に着く。
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ちょうどお昼前。
春休みで一般の学生はおらず、食堂には就職関係のイベントに参加したリクルートスーツ姿の女子大生がちらほら。
おもむろに件の弁当を広げる。
飯もおいしくて腹も膨れ悪くない。
時間まで持ってきた本「落下傘学長奮闘記」を読んで暇を潰す。

1時少し前に研究室を訪ねると鳴岩先生が部屋で待っていた。
最初に49次隊全般の傾向について説明を受ける。
出発前と帰路においてポジティブな感情が低く、出発前と越冬後期にネガティブな感情が高まっていたというお話に、みんな大変だったんだなと思った。
45次~47次隊についての研究報告

わし自身の調査結果の説明については、ほぼ予想の範囲内であった。
ひとつ、出発前はうきうき気分だったようなイメージを持っていたが、やはりその時期にポジティブな値が低くなっていたのは意外であった。
COPEテストでは、ストレスには行動的、計画的に処理することで対応するタイプ。
(人にものを頼むのが苦手なんだなぁ。)
TSPS-IIテストでは、よく言えばバランスが取れている性格、悪く言えば優柔不断といったところ。

心理の投影法の一つであるバウムテスト(2種類の木の絵を描くやつ)では、少し落ち込んでいた時期に明らかに絵に変化が見られ面白かった。

今回のフィードバックは帰国後の継続調査の意味もあるので、テストの結果をきっかけにして鳴岩先生からいろいろな質問を受けた。
「貴方にとっての南極はどういう意味がありましたか。」という質問に、明確ではないが、いい意味で変わった実感があると答えることができたのは、良かったと思う。

予定の時間を大幅に延長して終ったのが3時過ぎ。
バス停で通学の小学生達とバスを待っていると、向こうから見たことのある顔が歩いてきた。
よく見るとGUCCIIさんではないか!
彼もこれからフィードバックを受けるらしい。
ちょっと立ち話をして分かれる。
飄々とした感じが全然変わってないように見えた。
見かけではどこが変わったのか分からないのだ。

四条烏丸までバスで戻り、京都駅までまた歩く。
今日はよく歩いたなぁ。
そして少し疲れた。
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by s_space_s | 2010-03-01 23:15 | 南極 | Trackback | Comments(6)